市場の野菜

  • 2010.01.31 Sunday
  • 18:28
 先月半ばから、バンコクに来ています。
今は1年の中では涼しい時期。
歩いて15分くらいのところに市場があるので、運動を兼ねて週2回程出かけています。
日本と同じ味あり、違うものあり。
隼人瓜(マラッ・ワーン)が手に入りました。塩もみしてサラダ風に食べるとおいしいです。
黄緑の長ナスはタイのナス。日本のものより中がやわらかいかも…。皮がしっかりしているので、焼きナスやマーボーナスにするとおいしいです。
ほかにもいろいろ買い込みました。さて、これで何をつくろうかな…。


気になる・・・。

  • 2010.01.13 Wednesday
  • 20:19
ある理由で月に一度通る住宅街のお家の前に立つ看板にはいつもジャ○ーズ事務所の宣伝が…。

今回はラッキーなことに「J album」の宣伝でした。KinKi Kidsのふたりの顔が冬の柔らかな日差しに当たってきらきらしてました。

看板の前には小さな川があります。駅からそんなに近くはないし、人通りはあまりないと思うんですが…。関係者の方のおうちの前とかかなあ…。次はどのグループかなと密かな楽しみになってます。
ずっと宣伝続けてくださいね。

西大寺のお坊さんのお話。

  • 2009.10.31 Saturday
  • 22:12

 日本橋の奈良まほろば館で、南都法話会(奈良の有名寺院の若手僧侶が伝える「奈良の心」)を聴講してきました。
今日は第五回。西大寺の大谷徹奘師のお話。

自分と(おそらく)同じぐらいの年のお坊さんのお話はちょっと新鮮で親しみやすかったです。
大谷師がお坊さんになった理由や、西大寺の歴史や仏像、行事のことなどを中心に、日々自分を見つめていらっしゃるお坊さんらしい深い言葉を交えて話してわかりやすく話してくださいました。なるほどと思った仏教用語の意味などもあるので、書き留めておきたいと思います。

大谷師がお坊さんになった理由は、競争が嫌いだったからだそうです。奈良県の小さなお寺の息子さんとして生まれたので、お坊さんになることに反発した時期もあったのですが、競争社会に身をおくことが苦手だったので、大学卒業後、高野山で1年修行をされて西大寺の僧侶となられました。

高野山の修行の間は、家族を含めた、誰とも連絡が取れなくなります。山の標高は1000m、冬の寒さは厳しく、動物性たんぱく質をとらない一汁一菜の食事なので、初めてしもやけやあかぎれができたそうです。滝にうたれる水業は、冬の外気のほうが水より温度が低いので、水に入ったときは暖かく感じるけれど出たときの寒さは倍になるとも。
この「加行」といわれるお坊さんになるための修行の詳細は、真言宗は密教なので多言してはなりません。修行が終わるといよいよお坊さんとして認めれられます。
修行が終わったときは、こんな辛い修行を乗り越えたのだからいっぱしの僧侶になったと思っていましたが、今は、今の日々の修行のほうが大変だとしみじみ思うとおっしゃっていたのが印象的でした。
修行の途中でどうしても絶えられなくなり山を下りる人も居るそうですが、その人たちに後で理由を聞くと、体力的な辛さよりも心が耐えられなくなったという人が大半だとか。

話は西大寺に関することに移ります。
西大寺は、平城京の西にある寺という意味で、敷地27万坪。
聖武天皇の娘、称徳天皇(考謙上皇)によって建てられました。
765年着工。この時代は今の表現を使えば、バブル崩壊後の時代。
100体以上のたくさんの仏で平和を願うという意味を持って建てられました。
上皇に寵愛された、弓削道鏡が寺を守っていましたが、上皇崩御の後、下野の薬師寺に流されたため、それに伴って寺も衰退の一途をたどりました。
火災、落雷に合うことが多かったため、建物はほとんど焼け落ちました。
奈良時代のもので、現在残っているものは四天王が踏みつけている邪気(鬼)のみです。

その後、ようやく鎌倉時代に、叡尊(興正菩薩、1201〜1290年)という一人の僧侶によって、再建復興されました。
叡尊は、南都仏教(昔から伝わる古い仏教。律宗。)を守り広げた僧で、不治の病の人(ハンセン病患者)を助けたり、貧しい方の救済を行ったため、慈善事業の祖とも言われます。文殊菩薩の供養をして、人々を救いました。
元寇(蒙古襲来)の際に、7日7晩加持祈祷を行ったところ、その晩に吹いた神風で弓矢が西のほうに飛んで行き、日本は救われました。ただ、叡尊はこの弓でたくさんの死者をだしたことを後悔し、人が死なないようにと愛染明王(重要文化財。縁結びの神様として有名。)の製作を依頼しました。
また、現在も続いている大茶盛の行事をはじめました。
こういった功績から、叡尊は、興正菩薩として仏のように祭られています。

西大寺の主な行事はこの大茶盛の行事と、光明真言土砂加持大法会です。
大茶盛は、1290年1月16日(鎌倉時代)に始められました。茶道が生まれる前からの行事で、国家安泰を願います。現在の茶法は明治以降に取り入れられました。
最初は、寺に来た人に一杯ずつお茶を振舞っていたのですが、当時お茶は薬としても使われていた、貴重なものだったので大きな器で皆で少しづつ飲むようになり、この行事ができたそう。

大谷師は、叡尊さんは、お茶盛りを通して、一味和合、皆で同じ釜のごはんを食べる大切さを伝えたかったのではないかとおっしゃっていました。
現在は1月15日(初釜)、4月の第二土曜日、日曜日(春)と10月第二日曜日(秋)に一般公開の大茶盛を開催するのでぜひいらしてくださいということです。

光明真言土砂加持大法会(こうみょうしんごんとさかじだいほうえ)は、本堂(真言堂)で3日3晩通して行われる、西大寺最大の法要。
一番若いお坊さんが全責任を負い、この法要を取り仕切ります。この行事を終えてようやく一任前と認められます。
主役であり、プロデューサーである若いお坊さんは、一番長老のお坊さんが光明真言をゆっくり一回唱えるのにあわせて20分かけて五体投地を行います。長老に教えを請い、一回を丁寧にきちんとするという気持ちが込められています。
お坊さんのあいだでは、この動作はちょうちんたたみと呼ばれているそうです。
提灯をたたむときには破れないようにゆっくりとたたまないといけないからです。
光明真言とは、「おん あぼきゃ べいろしゃのう まかぼだら まにはんどま じんばら はらばりたや うん」という23字の集まりで、極楽浄土を明るく照らし、成仏できるお経です。
その後、仏の周りをぐるぐる回る行が行われます。

本堂はススキや彼岸花など、身の回りにある質素な花で飾られますが、皮肉なことに最近彼岸花は10月には手に入りずらくて、各所から集めているそう。大法会は東大寺をはじめ、激しい動きをするところが多いのですが、西大寺の大法会はゆっくりしたおつとめなのが特徴です。

仏像の話。
ご本尊は、釈迦如来。釈迦に帰ろう、規律正しく生きようという意味が込められています。釈迦如来の由来は、京都嵯峨野清涼寺にある、インド、中国、日本と渡り歩いた、三国伝来の釈迦如来です。
手の長さはひざの下までと凄く長いのですが、これは、仏は遠いところの迷い美とまで救い取るという意味です。
そして、手についている水かきはあの世とこの世を行き来する仏は三途の川をわたるためと、水かきがあるほうが救いやすいということから。
白毫(びゃくこう)という、毛の塊があります。

仏様の手のゼスチャーの説明が興味深かったです。
手を下に向けている「与願」は、願いどおりのものを与えると言う意味で、
手の平を前に向けている「施無畏」は恐れることは無い安心を表しています。
西大寺の釈迦三尊像は釈迦に、文殊菩薩と弥勒菩薩が控えているのが特徴です。
(一般的には釈迦には文殊菩薩と普賢菩薩。)

ここで大谷師が面白い話をされました。
如来の脇の仏像は知恵と慈悲を表しますが、これは人間の脳の仕組みと凄く似ているそう。
東北大学の川島教授の著作によると、最初に生まれた感情は、怒りと恐れで、それは、自分(固体)とその子孫を守る感情であり、逆に最後に生まれた感情は笑い。笑いは人間だけが持っている(猿は子供だけが持つ。)感情だそう。
嫌いと好きは、嫌いが先。これはやはり身を守るため。
その話から、大谷師は、左脳は知恵で、右脳は慈悲を表す。だから、両方が整ってこそ仏に近づくのだと。どちらかに偏ると屁理屈や逆切れになると言われ、なるほどなあと感じました。
脇の仏像は如来によって違いがあり、決まっています。
手に薬を持っている薬師如来には、日光菩薩(慈悲) 月光菩薩(知恵)
阿弥陀菩薩には、観音菩薩(慈悲)と勢至菩薩(知恵)がついています。

このあたりまでで、お話が盛りだくさんで、予定の1時間半という時間が大分過ぎていました。
唐招提寺の金堂の落慶法要もありますし、奈良を空気とともに感じていただきたいとおっしゃって話を終わられました。
今月末に奈良に行く予定なので唐招提寺の金堂はぜひ見たいと思います。

北海道の味覚で・・・。

  • 2009.08.22 Saturday
  • 21:36
 札幌の友達がとうもろこしとプチトマトをたくさん送ってくれました。
とっても美味しそうだったので、2品とも料理してみました。

まずはプチトマトをたくさん湯向きしてキーマカレーに。
具はたまねぎとナスと合挽き肉。
トマトの味がとても甘くて濃かったので、深い味に仕上がり満足です。

ずっと前に枝元さんに教わった、たまねぎをあらかじめレンジで調理しておく方法を使ったら、そちらも甘く柔らかくなりました。

ちょうど家にあった、レトルトの十六穀米を暖めて一緒に食べました。


昼間ゆでておいたトウモロコシは手羽先とじゃが芋とともに甘辛醤油味に。
醤油、みりん、酒、オイスターソース、ナンプラー、砂糖で味付け。

こちらもなかなかでした。トウモロコシの甘さが他の素材にも移ったかんじです。



素材がいいと料理もおいしくできます。
久し振りに豊かな夕飯でした。

「感覚という入り口」

  • 2009.05.17 Sunday
  • 19:01
「剛紫」さんが、JCBホールのライブのMCで、「感覚という入り口が減ってきている。安パイな時代。もっと冒険すればいいのに・・・」と語りました。

確かに、時間のないことを言い訳に、自分で感じて考えて行動するのではなくて、パソコンなり、雑誌なりで安易に情報を得てから行動することが増えてきています。
ついつい、感じたり、考える前に行動しちゃってるな・・・時々、誰かに勝手に動かされてる感じもします。これでは、いけない、いけない。(笑)
「感覚」の引き出しは、多いほうが心豊かに過ごせるから、それだけは減らしたくないと思っているのに・・・。
そんなことを考えて、頭に浮かんできた私の「感覚」の引き出しをざっと書き出してみました。

「レンジでなく、ガスコンロで物をあたためること」

「やかんでお湯を沸かすこと」

「お気に入りの皿に料理を盛り付けること」

「味わって食べること」

「やたらに賞味期限を信じないこと」

「わざと斜めに文字を書くこと」

「パソコンに打ち込むのではなく、紙の上にえんぴつで文章を書くこと」

「色ペンを使うこと」

「植木鉢の花に水をあげること」

「窓をあけて空気を入れ替えること」

「ゆっくりと鼻から呼吸すること」

「綺麗な音を聴くこと」

「水を触ること」

「いい匂いを嗅ぐこと」

「風を感じること」

「地面を意識して歩くこと」

「空を見ること」

「自転車に乗ること」

「嫌な気分、良い気分を大切にすること」

「怖れ 不安 わくわく 楽しい 嬉しい・・・予感を大切にすること」

これって、みんな、「触れて、見て、味わって、嗅いで、聞いて」という五感にかかわることですが、「感覚の入り口」というのは、自分のそういう「五感」を信じて、日ごろから実践していないとさっと見つけられないんじゃないかって思うのです。人それぞれ、その「感覚」は違っていいし、それが当然。でも、持ってないと寂しいかなって私は思います。

たまたま、剛紫さんの言葉にはっとしたわけではありますが、思えば、このところ読んだり聴いたりしていたものが、不思議とこのテーマににつながっていました。

☆「おとなの小論文教室」山田ズーニー

 『あなたの言葉が聞きたい。
  きっと私は、ただひとつ、そのために、この本を贈ります。  
  目には見えないけれど、あなたの中に、感情があり、想いがあり、意志がある。
  それを言葉にして、外に表し、人に通じさせてほしいのです。』  
という文章で始まるコラム集。
どんなレベルであれ、人は外に表現することで世界が変わる。自分の「感覚」をうまく外に出す方法を教えてくれている本です。

☆「人生の旅を行く」よしもとばなな

 『人生は旅である。』をテーマに実際の旅や、日々の生活で感じたことを書いている
エッセイ集。小説でない分、ばななさんの感性が直接伝わってきます。ここでも「感覚」の大切さを感じました。

☆「いんげん豆が教えてくれたこと」パトリス・ジュリアン

ばななさんが、『人生の旅を行く』の中で、「日本に対して持っていた違和感の理由がこの本で理解できた」と書かれていたので、早々取り寄せて読んでみました。
フランス人のジュリアンさんが自分のこと、日々の生活の中で大切にしていることや感じていることを書いたエッセーです。
最後のほうのこの文章が心に残りました。「人間は二つのタイプに分けられると思う。奇跡を起こす人と怠け者の二つだ。奇跡を起こす人にはいろんなところで出会うことができる。そうした人たちは特別なファッションも魔法の呪文も必要としないけれど、不思議と簡単にそれとわかる。奇跡を起こす人たちは瞳の奥に独特の輝きがあり、心からの笑みを浮かべている。他の人々よりも生き生きとしていることが、明白にわかる何かを発し、特に”そんなの無理”で終わらせてしまうことが決してない。(補足引用:「奇跡を起こすということは、可能性の限界を押しやるためにできる限りの力を尽くすこと、たやすく負けを認めるなんて絶対にしないことだ。」)

☆「フキの唄」吉田拓郎(アルバム「午前中に・・・」より)

「僕はフキが大好きです
毎日でも食べたくなる」
という詞にもやられましたが、
「短い旬の味は
その季節まで待てばいい
人の世は常に満たされなくていい
何かが足りないからと
それが今ここになくても
大丈夫 心が貧しくならなけりゃ」
この詞の感覚を、私も忘れないようにしようと思いました。

表現する人は誰しもやっぱり、なんとなく「感覚という入り口」が減ってきているという危機感を持っているのかな・・・だからそのことを伝えたいという気持ちが作品に反映されてくるのかもしれません。

世の中は感覚だけでは生きていかれない、でも、感覚なしでは生きていかれない。
現代は情報がはびこりすぎていて、剛紫さんの言うように、ちょっと感覚に頼る部分が少なくなりすぎているように思います。そうなると、自分が自分でなくなるような・・・。
取り入れたいろんな知識を自分の感覚で使えるようになると、毎日がすごく楽しく余裕を持って過ごせる気がするけれど・・・。
左脳と右脳の良いバランスをうまく保ちながら、「感覚という入り口」はとにかくたくさん作っておきたいです。

桜の季節

  • 2009.04.01 Wednesday
  • 02:31
桜が少しずつ咲き始めました。
2日連続でお花見を楽しみ幸せ気分。

☆30日の目黒川の風景。天気が良かったので、大分花が開いたかな・・・。





青空に映えて・・・。



こんなところに、かわいらしく・・・。




☆31日、椿山荘と江戸川橋周辺






晴れ渡った空に

  • 2009.02.08 Sunday
  • 21:46
花が映えた一日でした。

まずは上野の冬桜。満開でした。


少し足を延ばして、今日から始まった湯島天神の梅祭りへ。



梅の花もまぶしそう・・・。



春はもうすぐそこかなあ・・・。
こんなに春が待ちどうしい年は今までにないかも・・・久し振りの冬越えはいろんなことを私に教えてくれます。

『響』ミニライブ〜心癒す音空間

  • 2009.01.27 Tuesday
  • 23:59
銀座の某楽器店で行われた、藤原道山さんのトーク&ライブに出かけてきました。
このライブは藤原道山x冨田勲のコラボレーションCD、『響』の購入者限定招待イベントでした。
スペシャルゲストとして冨田さんもいらっしゃり、このCD製作のきっかけや、CDに収められている楽曲にまつわることなど色々なエピソードを交えて話をしてくださいました。
道山さんが鳳来寺山の鏡岩の絶壁の上で命綱をつけて演奏しなかったらこのCDは生まれなかったかもしれないという話にはびっくりでした。しかも、丁度台風が来ていて、雨が降ってきて濡れながら演奏されたそうで、見ていた冨田さんも気が気ではなかったそう。
CDは5.1サラウンドで録音され、前からも横からも後ろからも(つまり360度)音が聞こえてくるようになっているそうで、確かに、部屋で聴いていても大きな音の広がりを感じました。
ライブ中、会場の大きなスピーカーで『藤壺・管弦の宴〜「源氏物語幻想交響絵巻2005」』を聴きながらその臨場感を味わいました。

道山さんは冨田さんが作り出した音にあわせて、3曲演奏してくれました。
刀の音が迫力たっぷりの、「武士の一分」
道山さんの心和ます「お爺さんの里」
そして、新しいアレンジの「新日本紀行」

一時間程度のイベントでしたが、とても素敵な時間でした。
生の尺八の音色はそれだけで癒されます。
道山さんが1曲につき尺八を4、5本巧みに使いこなされる様子は見ていて圧巻。
尺八は半音上げた音が出せないので、何本か使う必要があるみたいですが、それに加えて様々な音を表現したいという、道山さんの音へのこだわりがあるようで、だからこそ、他の人には表現できない独自の世界を演出できるのだなあと改めて感じました。
イベントの後、サイン会が開かれました。想像してなかった為、購入したCDは家においてきたので、お店が提供してくれた色紙にサインしていただきました。
今日の参加者は適度な人数だったので、混雑もなく、のんびりした雰囲気でサインを待つ列に加わりました。程なく私の番となり、道山さんに、昨年の秋に聴きに行った鎌倉の光明寺での「古武道」のライブが素敵だったと伝えると、「又、来てくださいね。」とにこやかに返してくれました。握手も優しい感じで、この穏やかさを持っている人だからこそ、ああいう素敵な音色が出せるのかなあなどと思いました。冨田先生は同じく穏やかな感じながらも、70代後半というお歳には見えずパワフルで、握手した手が力強かったです。
最後はちょっとミーハーな感じで終わったイベントでしたが、程よくテンションがあがり、お二人の世界に浸り、癒されながら家路に着くことが出来ました。
なんにせよ「生で感じる」ということはやはり大切かも・・・。

心の琴線に触れるということ。心のアンテナが動くとき。

  • 2008.12.16 Tuesday
  • 02:52
ふと気がつくと前回の記事を書いてから3ヶ月が経っていました。
今までどおり、感じたことを気負わずに思うままに書こうと思いながらも、久し振りの東京生活の波に知らず知らず飲み込まれてしまっていたのか、体験したことはいろいろあったのに筆が動きませんでした。
別に振り回される必要はないのに、なんだかちょっと急ぎ足で進みすぎていたかなあ・・・。11月後半から12月初めにかけての2週間程のバンコク生活の間に、そんなことを考え、再び自分のリズムを取り戻せたような気がしました。改めて、いろんなことに流されずに過ごしてみようと・・・。

東京にもどる飛行機の中、インフライトプログラムで小林武史さんプロデュースの曲を流していました。真っ暗の中、ヘッドホンから流れてくるその曲たちをぼんやり聴いていて頭に思い浮かんだこと。
「ふとした瞬間に、相手の中に、その相手以外は決して触れてはいけないような部分を見てしまったとき、見つけてしまったとき、直接それにはあえて触れずにその相手そのものをずっと変わらずに大切していきたいな・・・。」

「相手」というのは人だったり、芸術作品だったり、身の回りの物。

心の琴線に触れるとはそういうことなのかなあと・・・。

でも、琴線の感度や具合は人それぞれ皆違う。
触れるか触れないかというのは、ただただそれを大事にしたいかしたくないかという純粋な思い。
自分のペースを崩すと、心のアンテナがその琴線に触れるきっかけをキャッチできなくなる。それはとてもつらいこと。ぶれないアンテナを維持できたらいいのだけど・・・。

何かに触れたと感じたときに、さらにそれに関連したものにアンテナを貼っていくと、それが伸びていく枝葉のようにどんどん広がっていきます。



*今年、私の琴線に触れたもの、広がった枝葉の一部*

244 ENDLI-x(堂本 剛)
KinKi Kids

音霊ライブ/
平川地一丁目
押尾コータロー
キマグレン

押尾コータローのギターパラダイス2008/ 
押尾コータロー/木村大/DEPAPEPE/BAHO(Char&石田長生)/Petteri Sariola(fromフィンランド)/横田明紀男(Fride Pride)

「たけしの誰でもピカソ」
藤原道山

古武道コンサート/ 古川展生 藤原道山 妹尾武
  「おくりびと」「ボストン美術館 浮世絵名品展」

「Music Station」
「うたうたいのバラッド」 斉藤和義 
     (平川地一丁目「えんぴつでつくる歌」プロデューサー)

「さよならColor」Super Butter Dog
     (244 ENDLI-xライブ Guitarist 竹内朋康)

2008年、24時間TV番組内
「いい日旅立ち」谷本 光(ギタリスト)

映画「グーグーだって猫である」(平川地一丁目、直次郎出演)

ジョン・レノンスーパーライブ/
絢香/奥田民生/斉藤和義/斎藤ノブ+夏木マリ/Salyu /THE SUNDAY DRIVERS [箭内道彦×渡辺健二(スネオヘアー)] /Char/トータス松本 /フジファブリック/BONNIE PINK/宮あおい/ゆず/吉井和哉/LOVE PSYCHEDELICO


東京に向かう飛行機の中で見た朝焼けの空

鎌倉の夕景

  • 2008.09.04 Thursday
  • 00:44
実家に帰っても、日暮れ時に鎌倉駅周辺にいることはほとんどないのですが、たまたま用事があった帰りがけ、小町通を通ったら素敵な風景だったので撮影してみました。暖かい街灯に薄暗くなった通りが暖められている感じがして・・・。



鎌倉駅から見た、暮れかかった空もなかなかでした。



又別な日に違う表情を捉えに行って見たいなと思いました。

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