「感覚という入り口」

  • 2009.05.17 Sunday
  • 19:01
「剛紫」さんが、JCBホールのライブのMCで、「感覚という入り口が減ってきている。安パイな時代。もっと冒険すればいいのに・・・」と語りました。

確かに、時間のないことを言い訳に、自分で感じて考えて行動するのではなくて、パソコンなり、雑誌なりで安易に情報を得てから行動することが増えてきています。
ついつい、感じたり、考える前に行動しちゃってるな・・・時々、誰かに勝手に動かされてる感じもします。これでは、いけない、いけない。(笑)
「感覚」の引き出しは、多いほうが心豊かに過ごせるから、それだけは減らしたくないと思っているのに・・・。
そんなことを考えて、頭に浮かんできた私の「感覚」の引き出しをざっと書き出してみました。

「レンジでなく、ガスコンロで物をあたためること」

「やかんでお湯を沸かすこと」

「お気に入りの皿に料理を盛り付けること」

「味わって食べること」

「やたらに賞味期限を信じないこと」

「わざと斜めに文字を書くこと」

「パソコンに打ち込むのではなく、紙の上にえんぴつで文章を書くこと」

「色ペンを使うこと」

「植木鉢の花に水をあげること」

「窓をあけて空気を入れ替えること」

「ゆっくりと鼻から呼吸すること」

「綺麗な音を聴くこと」

「水を触ること」

「いい匂いを嗅ぐこと」

「風を感じること」

「地面を意識して歩くこと」

「空を見ること」

「自転車に乗ること」

「嫌な気分、良い気分を大切にすること」

「怖れ 不安 わくわく 楽しい 嬉しい・・・予感を大切にすること」

これって、みんな、「触れて、見て、味わって、嗅いで、聞いて」という五感にかかわることですが、「感覚の入り口」というのは、自分のそういう「五感」を信じて、日ごろから実践していないとさっと見つけられないんじゃないかって思うのです。人それぞれ、その「感覚」は違っていいし、それが当然。でも、持ってないと寂しいかなって私は思います。

たまたま、剛紫さんの言葉にはっとしたわけではありますが、思えば、このところ読んだり聴いたりしていたものが、不思議とこのテーマににつながっていました。

☆「おとなの小論文教室」山田ズーニー

 『あなたの言葉が聞きたい。
  きっと私は、ただひとつ、そのために、この本を贈ります。  
  目には見えないけれど、あなたの中に、感情があり、想いがあり、意志がある。
  それを言葉にして、外に表し、人に通じさせてほしいのです。』  
という文章で始まるコラム集。
どんなレベルであれ、人は外に表現することで世界が変わる。自分の「感覚」をうまく外に出す方法を教えてくれている本です。

☆「人生の旅を行く」よしもとばなな

 『人生は旅である。』をテーマに実際の旅や、日々の生活で感じたことを書いている
エッセイ集。小説でない分、ばななさんの感性が直接伝わってきます。ここでも「感覚」の大切さを感じました。

☆「いんげん豆が教えてくれたこと」パトリス・ジュリアン

ばななさんが、『人生の旅を行く』の中で、「日本に対して持っていた違和感の理由がこの本で理解できた」と書かれていたので、早々取り寄せて読んでみました。
フランス人のジュリアンさんが自分のこと、日々の生活の中で大切にしていることや感じていることを書いたエッセーです。
最後のほうのこの文章が心に残りました。「人間は二つのタイプに分けられると思う。奇跡を起こす人と怠け者の二つだ。奇跡を起こす人にはいろんなところで出会うことができる。そうした人たちは特別なファッションも魔法の呪文も必要としないけれど、不思議と簡単にそれとわかる。奇跡を起こす人たちは瞳の奥に独特の輝きがあり、心からの笑みを浮かべている。他の人々よりも生き生きとしていることが、明白にわかる何かを発し、特に”そんなの無理”で終わらせてしまうことが決してない。(補足引用:「奇跡を起こすということは、可能性の限界を押しやるためにできる限りの力を尽くすこと、たやすく負けを認めるなんて絶対にしないことだ。」)

☆「フキの唄」吉田拓郎(アルバム「午前中に・・・」より)

「僕はフキが大好きです
毎日でも食べたくなる」
という詞にもやられましたが、
「短い旬の味は
その季節まで待てばいい
人の世は常に満たされなくていい
何かが足りないからと
それが今ここになくても
大丈夫 心が貧しくならなけりゃ」
この詞の感覚を、私も忘れないようにしようと思いました。

表現する人は誰しもやっぱり、なんとなく「感覚という入り口」が減ってきているという危機感を持っているのかな・・・だからそのことを伝えたいという気持ちが作品に反映されてくるのかもしれません。

世の中は感覚だけでは生きていかれない、でも、感覚なしでは生きていかれない。
現代は情報がはびこりすぎていて、剛紫さんの言うように、ちょっと感覚に頼る部分が少なくなりすぎているように思います。そうなると、自分が自分でなくなるような・・・。
取り入れたいろんな知識を自分の感覚で使えるようになると、毎日がすごく楽しく余裕を持って過ごせる気がするけれど・・・。
左脳と右脳の良いバランスをうまく保ちながら、「感覚という入り口」はとにかくたくさん作っておきたいです。

コメント
このエントリーもとっても面白いです。
わたしは自分のピアノの生徒にもよく言うのだけれど、何かを見たり聞いたり何かに触れたりした時に、何かを感じないことには、音楽を前にして豊な表現はできないし、たくさんの人の心に響く音楽を奏でられないと思うのですよね。
逆説的に言うと、きっと素晴らしい音楽を演奏したり創ったりする人は間違いなく五感をフルに活用しているヒトだと思うのです。
前半のbonyarihitsujiさんが挙げられた「感覚の引き出し」には共感することがいっぱい書いてあったし、後半の部分の中では、特に拓郎さんの「フキの唄」が強烈に頭に残りました。
拓郎さんはこんな歌も歌われるのですね。
わたしはあまり拓郎さんを知っているとは言えませんが、この歌をとっても聴いてみたくなりました。

右脳と左脳のバランス…本当に大切だと思います。
ともすると超右とか超左とか、極端から極端に走るわたしなのですが(笑)バランスを大切にしたいです。

ああ、もっと言いたいことがいっぱいあるんですが、うまく言葉にできません。

bonyarihitsujiさんの言葉はいつもいっぱい刺激をくれて、読んでいて本当に楽しいです。
これからもたくさん書いてくださいね。
楽しみにしています。
  • レイン
  • 2009/05/18 10:51 PM
レインさん、コメントありがとうございます。
音楽であれ、美術であれ、書であれ、文章であれ、何かを表現するにはやはり感性を働かせないと無理ですよね。ピアノの先生の言葉は重みがあります。
「感覚の引き出し」という言葉が自然に出てくる彼はやっぱりすごいです。聴いた瞬間、「今日のキーワードはこれだわ!」と思いました。(笑)剛さんは、今回のライブでメッセージをたくさん発してくれているから、私はそのメッセージを取りこぼすことのないようにキーワードを拾ていこうかと・・・。次が楽しみです。
そして、拓郎さんの今回のアルバムすごくいいです。6年ぶりの書き下ろしアルバムだそうです。私たちよりちょっと年が上の人たちの想いが詰まっているような・・・。でも、なぜか剛さんの世界にも繋がるような・・・。この話は又ゆっくり。(笑)
なんとなく年を取るほど左脳に偏る気がするから、右脳の活性化に励みたいと思います。
なかなか満足のいくテキストは書けませんが、自分なりの切り口でいろいろ書けたらなと思っているので、またおつきあいください。

  • bonyarihitsuji
  • 2009/05/19 12:31 AM
こんにちは。
ご無沙汰してしまってすいません。
「感覚の引き出し」ですか…。
たしかに最近、テレビやネットに頼ってしまって感覚で動いていない気がします。
私、ちいさい頃とっても勘の鋭い子供だったんです。
それは良いことも悪いこともなんですが、競馬を当てたり(ちなみに私は馬券は買ってません(笑)味を占めた父が買ってました)、誰かの体調が悪くなるのを当てたりしてました。
もともと子供って勘が鋭いものだと思うのですが、これってきっと無力な子供が生きていく為の力(本能)なんですよね。
それは私たちが猿だった時代からの名残なのかもしれません。
力も財力も付いて、勘に頼らずに生きていける大人になりましたが、勘を大切にしたいです。

勘と感覚って別でしたね…失礼しました。

拓郎さんのフキの歌詞、ハッとしました。
今は一年中食べられる野菜が増えて、旬って意識しなくなっているきがします。
旬って大事ですよね。
旬の野菜って夏は体を冷やす作用のあるもの、冬は体を温める作用のあるもの…と、ちゃんと意味があるそうです。
旬の野菜はその時期だからの美味しさもあるんですよね。

心が貧しくならないように生きて生きたいなと思います。

う〜ん(汗)まとまりのない文章ですいません。
  • さとこ
  • 2009/05/26 12:36 PM
さとこさん、コメントありがとうございます。
お会いするたびに、さとこさんの感性、素敵だなと感じてます。勘と感覚は別ではありますが、感覚が鋭くないと勘もいい方向に働かないのかなあと思います。直感ってあるし。
『生きていく為の力(本能)』鋭い指摘だなあと思いました。日本で暮らしていたら、あまりこれを使うことを強いられる場面ってないのかも・・・。この週末も高校時代からの友達と、「日本人ってサバイバルな状況になったらきっと弱いよねー。」なんて話をしたところです。感覚の引き出しをたくさん持って、そして勘は鋭くありたいです。
フキの歌詞、わたしも最初聞いたとき、はっとしました。
「待つ」ということもあまりしなくなって、今すぐ○○したいとか、欲しいとか思うことが多いかな・・・とも。
日本に帰ってきて、今、どの野菜が旬かなって考えたりできるのが楽しいです。
私の文章もまとまりなくてごめんなさい。
  • bonyarihitsuji
  • 2009/05/26 9:08 PM
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